太宰治と三島由紀夫の確執の真相|「嫌い」の一言に隠された同族嫌悪
1946年(昭和21年)冬、戦後の混乱が色濃く残る東京・笹塚の小料理屋「千代新」で、日本文学史に残る直接対決が実現しました。当時21歳、東京帝国大学法学部に在籍しながら新進作家として頭角を現しつつあった三島由紀夫(本名・平岡公威)は、文芸評論家の亀井勝一郎らが主催する太宰治を囲む酒宴に、友人に誘われて乗り込みます。
仕立ての良い絣(かすり)の着物を端正に着付け、どこか緊張感を漂わせて座敷に座った三島。酒が進み、信奉者たちに囲まれて上機嫌に語り合う当時37歳の太宰に対し、三島は冷や水を浴びせるように鋭い言葉を投げつけました。「僕は太宰さんの文学はきらいなんです」――張り詰めた空気の中、周囲の編集者や作家たちが凍りついたのは言うまでもありません。
その場にいた誰もが激昂を予想した瞬間、太宰はふっと虚を突かれたような表情を浮かべ、少し顔を背けながらこう呟きました。「そんなことを言ったって、こうして来てるんだから、好きなんだよな。なあ、やっぱり好きなんだ」。太宰一流の道化と自虐を交えた切り返しによって、三島の鋭利な刃は肩透かしを食らう形となり、若き三島は深い敗北感と屈辱を胸にその場を去ることになります。
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