激動を生きた作家・佐多稲子の真相|共産党除名と文学の軌跡
近年、研究者や読書コミュニティで特に目覚ましい再評価が進んでいるのが、戦後まもなく発表された『私の東京地図』と、晩年の大作『樹影』です。
『私の東京地図』に対する読者の感想や書評を見ると、「戦前の東京の路地裏やカフェ文化の息づかいが、五感を通じて鮮明に蘇る」という声が目立ちます。上野、本郷、銀座、浅草といった街並みが、資本家や文豪の視点ではなく、「賃金を得るために身体を張って働いた一人の働く女性」の視点から生々しくマッピングされています。都市史・社会史の第一級資料としても極めて高い評価を維持しています。
一方、佐多稲子が約2年の歳月をかけて紡ぎ出した『樹影』は、彼女の故郷である長崎への原爆投下と、戦前・戦中の共産主義運動に散っていった仲間たちの運命を総括した長編です。自らも戦時中に軍報道班員として海外へ派遣された過去を持ち、その「戦争加担」の悔恨を生涯拭い去れなかった彼女は、安易な被害者意識に逃げ込むことを頑なに拒みました。
国家の狂気、運動の裏切り、そして肉親や友の死。幾重にも重なる「影」を見つめながらも、人間の命の温もりを信じようとする本作は、単なる政治文学を超えた深い鎮魂歌となっています。
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