マチュピチュの謎とインカ帝国滅亡の真相【最新研究で解明】

マチュピチュの謎とインカ帝国滅亡の真相【最新研究で解明】の全貌を詳しく解説してご紹介します。

1911年7月24日、アメリカ・イェール大学の歴史学者ハイラム・ビンガムがマチュピチュに到達し、「失われたインカの都市を世界で初めて発見した」と大々的に報じられました。しかし、この「発見物語」には歴史的な修正が加えられています。

ビンガムが鬱蒼とした密林をかき分けて遺跡に到達した際、現地ではアグスティン・リサルガラというペルー人農夫が1902年の時点で遺跡内に自らの名前を刻んでおり、先住民族ケチュアの家族が棚田の一部で日常的にトウモロコシを栽培していました。つまり、地元住民にとっては「存在し続けていた場所」であり、ビンガムの功績は発見そのものではなく、学術的な価値を国際社会に広く知らしめた点にあります。

さらにビンガム自身は、この遺跡をインカ最後の抵抗拠点「ビルカバンバ」であると終生信じ込んでいました。マチュピチュがビルカバンバではなく、皇帝の離宮であったことが判明したのは、ビンガムの死後にペルー人歴史家ルイス・バルカルセルらが古文書を徹底調査した後のことです。ロマンに満ちた冒険譚の裏側には、植民地主義的な発見史観と先住民族の知られざる共生関係が横たわっています。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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