ダウンタウンとさんまは本当に不仲?共演Ngの真相と驚きの現在を徹底解説
両者の関係性を語る上で避けて通れないのが、1980年代から1990年代にかけて起きたフジテレビを中心とする「お笑い界の覇権争い」です。昭和のテレビ史を彩ったタモリ、ビートたけし、明石家さんまによる「お笑いBIG3」の牙城に対し、関西ローカルから怒涛の勢いで東京へ進出してきたダウンタウンは、明確な世代交代の旗手として名乗りを上げました。
ダウンタウンが全国区に躍り出る契機となった『夢で逢えたら』や『ダウンタウンのごっつええ感じ』がスタートした当時、テレビ界は『オレたちひょうきん族』が生み出したアドリブ主体のバラエティ熱が一段落し、次なる笑いのフォーマットを模索していた時期でした。若き日の松本人志は自著や当時のインタビューで、BIG3が作り上げた既存のバラエティの「お約束」や「馴れ合い」に対して強烈な反骨心を露わにしていました。自らのコントの純度と笑いの論理を突き通すため、先輩芸人たちに媚びず、安易な合同特番への出演を断り続けたスタンスが、BIG3とダウンタウンの間に見えない緊張感を生んだことは紛れもない事実です。
当時の舞台裏を知る放送作家はこう振り返ります。
「1989年、若手時代のダウンタウンがウッチャンナンチャンと共にさんまさんと絡んだ特別番組がありました。あの現場の松本さんのピリピリとした佇まいは今でも語り草です。さんまさんの圧倒的なトーク力に飲み込まれまいと、全身から警戒心と鋭敏なプライドが溢れ出ていました。しかしさんまさんは、その生意気とも取れる若手コンビの眼光の鋭さを面白がり、正面から受け止めていた。確執というよりは、新旧の天才同士によるプライドの鍔迫り合いでした」
松本人志の妥協なき作家主義と、明石家さんまの超人的な大衆性の衝突。それは単なる個人的な好き嫌いではなく、「テレビのお笑いをどちらの文法で支配するか」という、極めて純度の高い芸人同士の思想闘争だったと言えます。