トロリーバスとは?バスなのに鉄道扱いの理由と日本全滅の真相
街で見かければ誰もが「バス」と呼ぶこの乗り物が、なぜ法律上は「鉄道」に分類されていたのでしょうか。この疑問の答えは、明治・大正期から続く日本の法体系の成り立ちにあります。
日本では、大正時代から昭和初期にかけて新しい交通機関が導入される際、「電気を外部から受電して自走する輸送機器」はすべて軌道法(のちの鉄道事業法)の管轄と定められました。道路を走る自動車を規制する「道路運送法」や「道路交通法」ではなく、路面電車や国鉄と同じ法規が適用されたのです。そのため、トロリーバスの走る空間は道路であっても法律上は「軌道(線路)」とみなされ、運行する停留場は「駅」、車両の基地は「車庫(車両基地)」として登録されていました。
この法的な位置づけが、現場の運転士に課したハードルは極めて高いものでした。トロリーバスを営業運転するためには、警察庁が管轄する道路交通法の「大型自動車第二種運転免許」に加えて、国土交通省が管轄する鉄道法規の国家資格「動力車操縦者運転免許証(無軌条電車運転免許)」の両方を取得しなければならなかったのです。
かつて立山黒部アルペンルートでハンドルを握っていた元運転士は、社内報や当時のインタビューで次のように語っています。「筆記試験では鉄道特有の信号システムや閉塞方式、電気工学の深い知識が求められ、実技では一般的なバスの車輪感覚と電車の集電装置への配慮という、全く異なる二つの神経を同時に研ぎ澄ます必要があった」。まさに、鉄道会社とバス会社の両方のノウハウが融合した特殊な職人技の世界だったといえます。
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