昭和の連れ込み宿とは?ラブホテル誕生の歴史と消えた面影の真相
連れ込み宿のルーツを辿ると、江戸時代から続く花街の「待合(まちあい)」や、大正から昭和初期に登場した「同伴旅館」に行き着きます。しかし、同伴旅館と連れ込み宿の間には明確な利用層と機能の差異が存在しました。
戦前の同伴旅館や待合は、芸者遊びや富裕層の逢瀬、密談に使われる格式の高い社交空間であり、贅を尽くした料理やお酒の提供がセットになった高級施設でした。これに対し、戦後に登場した連れ込み宿は、食事の提供を最小限にとどめ、純粋に部屋と布団を時間単位で貸し出す大衆向けの実利的なビジネスモデルとして再定義されたものです。
また、関西を中心に広まった「円宿(えんやど)」という呼び名も重要な歴史的キーワードです。戦前の大阪などでは、1回1円という明朗な定額制で部屋を貸し出す宿が登場し「一円宿」と呼ばれていました。これが戦後のインフレを経て「二百円宿」「五百円宿」へと呼び名を変えつつ、定額で短時間利用できる男女の宿を総称する言葉として定着していった経緯があります。高級層の密会場所だった同伴旅館が、戦後の大衆化と価格破壊を経て「連れ込み宿」「円宿」へと変貌を遂げたプロセスは、日本におけるプライベート空間の民主化の歴史でもありました。
タグ:
https://appeal.glastonburyabbey.com/entertainment-buzz-178/3862788/