旧皇族久邇宮の現在と家系図|香淳皇后の実家が皇位継承で注目の訳

旧皇族久邇宮の現在と家系図|香淳皇后の実家が皇位継承で注目の訳に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。

久邇宮の歴史は、幕末から明治維新への激動期に始まります。初代当主は、伏見宮邦家親王の第4王子である久邇宮朝彦親王(1824–1891年)です。朝彦親王は当初、青蓮院門跡として出家していましたが、幕末の政変の中で還俗し、中川宮、賀陽宮の称号を経て、1875年(明治8年)に「久邇宮」の宮号を賜りました。宮号の由来は、奈良時代の都である恭仁京(くにきょう)にちなんだと伝えられています。

朝彦親王は伊勢神宮祭主を務め、現在も皇学・神道教育の中核である神宮皇學館(現・皇學館大学)を創設したことでも知られます。その子宝にも恵まれ、男子の多くが新たな宮家を創設しました。

  • 長男:賀陽宮邦憲王(賀陽宮家を継承)
  • 次男:久邇宮邦彦王(第2代久邇宮当主)
  • 三男:梨本宮守正王(梨本宮家を継承)
  • 八男:朝香宮鳩彦王(朝香宮家を創設)
  • 九男:東久邇宮稔彦王(東久邇宮家を創設、のちに内閣総理大臣)

この中で久邇宮を継いだのが第2代・久邇宮邦彦王(1873–1929年)です。陸軍大将として軍務に服した邦彦王の第1女子こそが、昭和天皇の皇后となる良子女王(香淳皇后)でした。宮中某重大事件と呼ばれる山縣有朋らによる婚約解消工作の圧力に屈せず、昭和天皇との成婚を果たした歴史は広く知られています。

つまり、現在の皇室系図において、上皇陛下にとって久邇宮邦彦王は母方の祖父であり、天皇陛下や秋篠宮殿下にとっては曾祖父にあたります。旧11宮家の中でも、血統および皇室との親密さにおいて突出した存在感を誇る理由がここにあります。

山田 真由

山田 真由

自動車・モビリティライター

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