釈迦とブッダは別人?知らないと恥ずかしい真相を徹底解説
宗教の開祖には神話上の架空の存在も少なくありませんが、釈迦は歴史上に確実に生きた実在の人間です。紀元前3世紀にインドを統一したアショカ王が残した石柱銘文には、ネパール南部のルンビニにおいて「ここでブッダ・シャーキヤムニが生まれた」と明確に刻まれており、考古学的にもその存在は完全に立証されています。
彼の本名はゴータマ・シッダールタ(Gotama Siddhattha)といいます。「ゴータマ」が家名(姓)であり、「シッダールタ」は「目的を達成した者」「願いを成就させる者」という意味を持つ個人名です。父は釈迦族の王・シュッドーダナ(浄飯王)、母はマーヤー(摩耶夫人)で、カピラ城の王子として何一つ不自由のない裕福な環境で育ちました。
恵まれた王宮生活を送りながらも、シッダールタの胸中には拭い去れない虚無感と苦悩が渦巻いていました。それを象徴する有名なエピソードが「四門出遊(しもんしゅつゆう)」です。城の東西南北の門から外出した際、それぞれ老人、病人、死者、そして静けさをたたえて歩く出家修行者に出会い、人間が絶対に逃れることのできない「生・老・病・死」の根源的な苦しみを痛感しました。どれほど権力を握り富を蓄えても、老いや病、死からは逃れられないという残酷な真実を前に、シッダールタは自らの特権階級を捨てる決意を固めます。
29歳のとき、妻と幼い息子を残して城を出奔し、髪を切り落として修行者となりました。当時のインドで主流だった過酷な苦行に身を投じ、骨と皮ばかりになるまで徹底した断食を6年間続けましたが、肉体を極限まで痛めつけても心の平安は訪れず、かえって精神が濁るだけであると気づき、苦行をきっぱりと中断します。近隣の村の娘スジャータから乳粥の施しを受けて体力を回復させた彼は、ウルヴェーラーの地にある菩提樹の木の下に座り、「真理を悟るまでは決して立たない」と誓って深い瞑想に入りました。
そして35歳の早朝、明けの明星を見て究極の真理を覚醒し、悟りの境地(解脱・ニルヴァーナ)に到達して「ブッダ」となりました。以降、80歳で亡くなる(入滅する)までの45年間にわたり、身分や階級を問わず多くの人々に教えを説き続け、巨大な思想体系の礎を築いたのです。