松本明子デビュー当時の真相!美少女が放送禁止用語で消えた理由と復活の全記録
松本明子の芸能界入りの契機となったのは、数々の伝説的歌姫を輩出した日本テレビの超怪物オーディション番組『スター誕生!』でした。1982年の第44回決戦大会で合格を果たした彼女は、大手芸能事務所やレコード会社など実に11社からのスカウト札を獲得。透き通るような白い肌、大きな瞳、爽やかなショートカットが印象的な、非の打ちどころのない「王道アイドル候補」として熱い視線を浴びていました。
そして満を持して1983年5月21日、シングル『♂×♀×Kiss』(オス・メス・キス、通称オスカル)でレコードデビューを飾ります。作詞に阿久悠、作曲に大野克夫という、当時の歌謡界における黄金コンビが手掛けたこのデビュー曲は、センセーショナルなタイトルとキャッチーなメロディで大きな期待を背負っていました。当時のステージ衣装やレコードジャケットを振り返ると、フリルをあしらった可憐なドレスを身にまとい、憂いを帯びた笑顔を見せる美少女そのものであり、現在ネット上で「昔の松本明子が可愛すぎる」と評されるのも必然と言えます。
しかし、彼女が飛び込んだ当時の芸能界は過酷を極めていました。前年の1982年には中森明菜、小泉今日子、堀ちえみ、早見優、石川秀美、松本伊代といった百花繚乱の「花の82年組」が社会現象を巻き起こしており、翌1983年デビュー組は強力すぎる前世代の壁に阻まれることになります。大沢逸美、森尾由美、桑田靖子ら実力派が揃いながらもヒットチャートの上位争いに苦戦を強いられ、業界内で「不作の83年組」とレッテルを貼られる過酷な環境のなか、松本明子もまたアイデンティティの確立に激しく苦悩することとなりました。
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