昭和の怨歌と令和のR&B。藤圭子と宇多田ヒカル、母娘が日本の音楽史に刻んだ「宿命」の旋律
1970年、藤圭子は『新宿の女』や『圭子の夢は夜開く』で、時代のどん底にある人々の情念を代弁した。彼女の歌は「演歌」ではなく、社会の暗部や個人の絶望を抉り出す「怨歌」と呼ばれた。それから約30年後、15歳の宇多田ヒカルが『Automatic』でデビューしたとき、誰もがその圧倒的なグルーヴ感と洗練されたメロディセンスに驚愕した。
ジャンルは全く異なる。しかし、その根底にあるものは同じだ。それは、他者との決定的な距離感であり、埋めようのない喪失感である。藤圭子が夜の新宿で歌った孤独は、宇多田ヒカルが都会のワンルームで紡ぎ出した孤独と、本質において深く繋がっている。彼女たちは、それぞれの時代が抱える「寂しさ」に、最も美しい形を与えたのだ。
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