『枕草子』宮に初めて参りたるころ現代語訳と品詞分解・心情変化の全貌
まずは章段全体の流れを把握するために、場面ごとの原文と現代語訳、ストーリーのあらすじを対照しながら確認します。この章段は大きく「夜の御前での緊張」「夜明けの情景と退出の逡巡」「中宮定子の絵巻物を通じた配慮」の3つの場面に分かれます。
【あらすじの全体像】
正暦4年(993年)冬、28歳前後の清少納言は中宮定子の後宮へ初めて出仕します。すでに人生経験を積んでいたはずの彼女ですが、華麗な宮中の空気と高貴な定子の威光に圧倒され、御簾(みす)の陰で身を縮こまらせて涙ぐむほど萎縮していました。定子はそんな清少納言を優しく導き、翌朝明るくなっても緊張で動けない彼女に対して絵を見せるなどして緊張を解いていきます。この出会いが、生涯にわたる強い主従の絆の出発点となりました。
場面1:初夜の出仕と極限の緊張
【原文】
宮に初めて参りたるころ、もののはづかしきことの数知らぬに、涙も落ちぬべければ、夜夜参りて、三位の御局の、御簾の際(きは)に立ち隠れて侍るを、御前には、火を少し掲げさせ給ひて、物語などせさせ給ふ。さるは、御几帳のうしろにぞ、おはしますなるべし。
【現代語訳】
中宮様(定子)の御所に初めて参上したころ、何もかもが気恥ずかしく恐縮されることが数え切れないほどで、今にも涙がこぼれ落ちそうなので、毎晩のように参上しては、(親族である)三位の君の部屋の御簾の端に身を隠して控えておりますと、中宮様の御前では、(女房に命じて)灯火を少し高く掲げさせなさって、お話などをさせてくださいます。そうは言っても、中宮様は御几帳の後ろにいらっしゃるのであるようです。
場面2:定子からの問いかけと畏怖の念
【原文】
「これ、取りて見よ」とて、絵どもを出だして見せさせ給ふ。「まづ、これを」とて、御几帳の際に出ださせ給へる御手など、世に知らず、いみじく、清らなり。わが身のつたなきほど、いと恥づかしく、消え入りぬべき心地のみして、ただ引き伏し侍るを、御几帳の上より見通させ給ふなるべし。
【現代語訳】
「これを取って見なさい」とおっしゃって、(定子様は)何枚もの絵を取り出してお見せになります。「まず、これを」とおっしゃって、御几帳の端からお出しになった中宮様のお手などは、この世のものとも思われないほど、大そう気品高く美しいのでした。私自身の至らなさや身分の低さが本当に恥ずかしく、(羞恥のあまり)消えてしまいたいような気持ちばかりがして、ただうつ伏して控えておりますのを、中宮様は御几帳の上から見透かしていらっしゃるのでしょう。
場面3:翌朝の退出と定子の細やかな配慮
【原文】
夜更けて、「まかでよ」と仰せらるれば、局に下りて、明くれば、夜の御殿(おとど)の御格子など上げに参るほど、いと恥づかしければ、やがて格子も参らで、昼つ方、御前に参りたれば、御几帳のほころびより、御硯(すずり)の蓋を出ださせ給へり。見れば、紙に「雲のうへも」と書かせ給へり。
【現代語訳】
夜が更けて、「(自分の部屋へ)下がりなさい」とおっしゃるので、局に下がり、夜が明けると、(女房の務めとして)寝殿の御格子などを上げに参上する際も、昼間の明るさの中で姿を見られるのがたいそう恥ずかしいので、そのまま格子を上げる役目も果たさずにいました。昼ごろに御前へ参上したところ、(中宮様は)御几帳の布のほころびの間から、硯の蓋を差し出しなさいました。見てみると、紙に「雲のうえも…」と和歌の上句をお書きになっていたのでした。