日野原重明と聖路加病院の奇跡|サリン事件の決断と105歳現役の真実
日野原先生の揺るぎない行動力と使命感の根底には、1970年に遭遇した「よど号ハイジャック事件」での壮絶な人質体験があります。
学会へ向かうため搭乗していた日本航空351便が赤軍派を名乗るグループにハイジャックされ、福岡、韓国・金浦空港を経て約80時間にわたり拘束された日野原先生(当時58歳)。死の恐怖と極限の飢え、緊迫のなかで解放された瞬間、先生は自らの手記でこう述懐しています。
「自分の人生はあの時、一度終わった。これ以降に与えられた命は、すべて世のため人のために使う『お返しの人生』である」
この強烈な覚悟が、その後の睡眠時間を削ってまで全国を行脚する講演活動や、高齢者の社会参加を促す「新老人の会」の立ち上げ、そして夜を徹しての患者対応へと向かわせる原動力となりました。多忙を極める日野原先生の活動を家庭で支え続けたのが、妻の静子さんと3人の息子たちです。家庭内においても「互いの個性を尊重し、自立した人間として生きる」というバウンダリー(心理的境界線)が保たれており、家族の深い理解と支えが100歳を超えてなお第一線に立ち続ける基盤となっていました。
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