Pl宗教の現在と衰退の深層|信者激減・野球部休部・花火中止の真実
PL教団が戦後日本で爆発的な支持を集めた最大のエンジンは、二代教祖・御木徳近(みき とくちか)の卓越したプロデュース能力と、彼が掲げた教義「PL処世訓21ヶ条」の第1条にある「人生は芸術である」というスローガンでした。
戦前の禁欲的・滅私奉公的な宗教観とは対照的に、徳近は「個人の個性を最大限に発揮し、自己表現することこそが信仰である」と説きました。このポジティブで現世肯定的なメッセージは、戦後復興に邁進するサラリーマンや青年層の心を強く捉えました。スポーツや芸術を信仰の実践と位置づけ、PL学園の野球部やバトントワリング部、短大のゴルフコースなど、華やかでモダンな組織づくりを展開したことで、教団は昭和の新興宗教界で独自のポジションを築き上げたのです。
しかし、この強固な求心力は「一代のカリスマ」に依存しすぎていたがゆえに、徳近の死(1983年)とともに脆くも崩壊へのカウントダウンを始めました。
養子として三代教祖を継いだ御木貴日止氏は、幼少期からの病弱もあり、父のようなワンマン指導力や信者を熱狂させるカリスマ性を発揮できませんでした。さらに2020年12月に貴日止氏が63歳で逝去すると、教団の根幹を揺るがす「後継者問題」が決定的な局面を迎えます。PL教団の教義において、信者の苦悩に対して神の啓示を取り次ぐ「御心得(みこころえ)」を下せるのは「おしえおや(教祖)」ただ一人です。しかし、正統な血統・指名を受け継ぐ四代教祖は現在も正式に即位しておらず、精神的支柱を失った教団本部は集団指導体制の名のもとで迷走を続けています。
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