西城秀樹最後の姿|壮絶なラストステージと家族が明かした最期の真実

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ラストステージからわずか11日後の2018年4月25日夜、運命の歯車が急転します。横浜市内の自宅で妻や子どもたちと夕食を囲んでいた秀樹さんが、突如として意識を失い倒れました。救急隊が駆けつけ、市内大学病院の集中治療室(ICU)へ緊急搬送されました。

直接の死因は急性心不全でした。心肺停止の状態で病院に到着し、医師団による懸命な蘇生措置が行われましたが、意識が回復することはありませんでした。ベッドサイドでは妻の美紀さんと子どもたちが手を握り、秀樹さんの大好きな音楽を流しながら、「お父さん、頑張って」と21日間にわたって呼びかけ続けました。

そして2018年5月16日午後11時53分、愛する家族に看守られながら、西城秀樹さんは静かに息を引き取りました。63歳というあまりにも早すぎる旅立ちでした。突然の別れであったため、言葉としての明確な遺言を残す時間はありませんでしたが、美紀さんは著書『蒼い空へ―夫・西城秀樹との18年』の中で、「秀樹さんの生き方そのものが、私たち家族への最大の遺言でした」と述懐しています。

同年5月25日の通夜、26日の告別式は東京・青山葬儀所にて執り行われ、芸能関係者や一般ファンを合わせて1万人以上が参列しました。祭壇は秀樹さんが愛した青空と野外ステージをイメージした生花で彩られ、会場の外までファンの長蛇の列が続きました。

特に参列者の涙を誘ったのが、昭和の歌謡界を共に牽引した「新御三家」の盟友、野口五郎さんと郷ひろみさんによる追悼の弔辞でした。野口五郎さんは絞り出すような声で「秀樹、お前より先に僕が逝くはずだった…僕の体の一部が奪われてしまったようだ」と盟友への断腸の思いを吐露。出棺時には、集まった1万人を超えるファンから自然発生的に『YOUNG MAN』の大合唱が巻き起こり、「ヒデキ!」コールが青空に響き渡りました。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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