市川猿翁の死因と波乱の最期|香川照之との断絶・和解劇と澤瀉屋の真実

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舞台での華々しい成功とは対照的に、市川猿翁の私生活は苛烈な愛憎劇に彩られていました。1965年、元宝塚歌劇団雪組トップスターの女優・浜木綿子と結婚し、同年12月に長男の香川照之が誕生します。誰もが羨むスター夫婦の誕生と思われたのも束の間、結婚生活はわずか3年足らずで破綻を迎えました。

破局の原因は、猿翁が16歳年上の初恋の女性であり、舞踊の師匠でもあった女優・藤間紫のもとへ走ったことでした。家を出た猿翁に対し、浜木綿子は女手一つで息子を育てる道を選びます。長男である香川照之が20代半ばで俳優デビューを果たした際、意を決して父・猿翁の楽屋を訪ねたエピソードは有名です。そこで猿翁が放った言葉は、冷酷ともいえる拒絶でした。

「自分は家庭と決別して舞台を選んだ。あなたとは何の関わりもない。今後は二度と会いに来ないでほしい」

この言葉によって父子の関係は完全に断絶し、氷河期が続きました。転機が訪れたのは2009年、猿翁が生涯愛し抜いた藤間紫の他界でした。後ろ盾を失い体調を崩した父の姿を見た香川は、自らの血のルーツを受け入れる決意を固めます。

2011年、香川照之が46歳にして歌舞伎界入りを果たし「九代目市川中車」を襲名、同時に息子の政明が「五代目市川團子」として初舞台を踏むという前代未聞の発表が行われました。記者会見の壇上、車椅子の猿翁と香川照之が並び、「これからは3人で澤瀉屋を守っていきます」と涙ながらに語った光景は、45年の断絶に終止符を打った歴史的和解劇として日本中に感動を与えました。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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