三笠宮家の現在と家系図の全貌|彬子さまの活躍と宮家存続の行方
三笠宮家を理解する上で欠かせないのが、その深遠な家系図と歴史的背景です。1935年(昭和10年)、昭和天皇の末弟である三笠宮崇仁親王が成年を機に「三笠宮」の宮号を賜り、創設されました。
崇仁親王と百合子さまの間には、3男2女の5人のお子さまが誕生されました。
【三笠宮家のお子さま方】
・長女:甯子(やすこ)内親王(近衛忠煇氏へ降嫁)
・長男:寛仁(ともひと)親王(「ヒゲの殿下」として親しまれ、彬子さまと瑶子さまの父)
・次男:桂宮宜仁(よしひと)親王(1988年に桂宮家を創設)
・次女:容子(まさこ)内親王(千宗室氏へ降嫁)
・三男:高円宮憲仁(のりひと)親王(1984年に高円宮家を創設)
長男の寛仁親王は1980年に信子さまとご結婚され、独立した生計を営む「寛仁親王家」を構えられました。しかし、2012年に寛仁親王が薨去された後、2013年に宮内庁の取り決めにより寛仁親王家は三笠宮家に合流(統合)される形となりました。さらに、高円宮憲仁親王(2002年薨去)、寛仁親王(2012年薨去)、桂宮宜仁親王(2014年薨去)と、崇仁親王の3人の親王方がいずれも崇仁親王より先に旅立たれるという深い悲痛を経験されています。
そして2016年に当主であった崇仁親王が100歳で薨去され、百合子さまが当主を引き継がれていましたが、百合子さまの薨去により、三笠宮家には男性皇族が不在の状況となっています。
タグ:
https://aitraining.bnsf.com/iortphyh/8997501/