「天下の悪法」は誤解?生類憐れみの令が目指した福祉国家の全貌
徳川綱吉が「犬公方」と揶揄されるに至った背景には、彼の生母である桂昌院の存在が強く取り沙汰されてきた。綱吉が丙午(ひのえうま)年生まれであったことから、僧の隆光の言葉を信じた桂昌院が「跡継ぎに恵まれるためには犬を愛護せよ」と進言し、それが過剰な法令発令につながったという俗説だ。
だが、近年の史料精査はこの「母の言いなり」説を力強く否定する。実態は、綱吉自身の高度な学識と自発的な政治哲学に基づいていた。桂昌院の信仰心はあくまでひとつの後押しに過ぎず、綱吉は己の理念として命を尊ぶ社会への変革を断行したのである。
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