ガダルカナル島はなぜ「餓島」と呼ばれたのか?敗因の真相と現在の様子

ガダルカナル島はなぜ「餓島」と呼ばれたのか?敗因の真相と現在の様子についての真相をお届けします。

ガダルカナル島が兵士の間で「餓島」と称された最大の理由は、過酷極まる食糧不足にあります。約2万人にのぼる戦没者のうち、戦闘による直接の戦死者は約5,000人にとどまり、残る約1万5,000人(全体の約75%)の死因は餓死と栄養失調、熱帯病でした。

米軍に制空権と制海権を完全に掌握された結果、日本本土からの輸送船は次々と撃沈されました。やむなく駆逐艦の夜間高速航行による補給(通称「鼠輸送」)や、物資を詰めたドラム缶を海へ投下する「ドラム缶輸送」が試みられましたが、前線で飢えに苦しむ将兵のもとに届いた食糧はごくわずかでした。

補給を絶たれたジャングルの中で、兵士たちはヤシの実、木の根、雑草、トカゲやヘビ、昆虫まで口にしながら飢えを凌ぎました。さらに、高温多湿な密林環境が追い打ちをかけ、マラリアやアメーバ赤痢、デング熱が猛威を振るいます。

当時の戦場では、兵士の命の残り時間を測る以下のような生々しい目安が語り継がれていました。

「立つことのできる者は、命あと三十日。
体を起こして座れる者は、命あと三週間。
寝たきりで起き上がれない者は、命あと一週間。
小便を漏らしてしまう者は、命あと三日。
ものを言わなくなった者は、命あと一日。
瞬きをしなくなった者は、命あと明け方まで。」

近代戦において、補給の途絶が兵士をいかに非人道的な極限状態へ追い込むかを示す、戦史に残る過酷な記録です。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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