シベリア出兵の沼:なぜ巨額の国費と兵士が極東ロシアで消えたか
派兵を決定した寺内正毅内閣の内部は、決して一枚岩ではなかった。外務省や政友会を中心とする政治勢力は、米国の不信を買う過度な兵力増強に強い反対を示していた。しかし、それを押し切ったのが「統帥権の独立」を盾にした陸軍の参謀本部である。
陸軍は内閣の方針を事実上無視し、独断で展開地域をバイカル湖西岸にまで拡大した。この軍部主導の暴走は政局を直撃する。極東での大規模な兵力維持は物資の買い占めや輸送網の混乱を引き起こし、日本国内での米価格急騰、すなわち1918年の「米騒動」を引き起こす直接的な遠因となった。内閣は混乱の責任を取る形で退陣を余儀なくされ、軍政の不透明さが社会全体を揺るがす事態に発展したのである。
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