幻の本土決戦「ダウンフォール作戦」なぜ中止?米軍の被害想定と真相

幻の本土決戦「ダウンフォール作戦」なぜ中止?米軍の被害想定と真相の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。

ダウンフォール作戦とは、1945年秋から1946年春にかけて米軍を主力とする連合国軍が計画した日本本土への直接武力侵攻作戦の総称です。指揮を執ったのは連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーであり、ヨーロッパ戦線におけるノルマンディー上陸作戦をはるかに凌ぐ空前絶後の規模で準備が進められていました。

作戦は主に2つの段階に分かれていました。第1段階が九州南部への上陸を目指す「オリンピック作戦」、第2段階が首都東京を含む関東平野を制圧する「コロネット作戦」です。

米軍の基本戦略は、九州を足がかりにして航空基地を前進配備し、圧倒的な航空優勢と海上封鎖を確立したうえで、日本の心臓部である関東へ最後の一撃を加えるというものでした。残された米軍の作戦図や地図からは、南九州の志布志湾や宮崎海岸、関東の相模湾や九十九里浜など、具体的な上陸地点が緻密に策定されていた事実が確認できます。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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