名優・中村梅之助の波乱生涯と死因の真相|息子・梅雀へ続く役者魂

名優・中村梅之助の波乱生涯と死因の真相|息子・梅雀へ続く役者魂の見逃せないポイントを徹底的にカバーしました。

中村梅之助という役者の屋台骨を決定づけたのは、なんといっても捕物帳ドラマにおける独創的なヒーロー像です。NET(現・テレビ朝日)系で1970年から放送された『遠山の金さん捕物帳』において、彼はテレビ時代劇の初代・遠山の金さんを務めました。普段は町人の遊び人「金さん」として庶民に混ざりながら、いざお白洲となれば名奉行・遠山左衛門尉として桜吹雪の刺青を披露し、悪を痛快にお裁きする──この王道のフォーマットを確立した功績は計り知れません。

続いて日本テレビ系列で大人気を博したのが『伝七捕物帳』です。黒門町の伝七として十手を振るい、事件解決後には「ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨヨヨイヨイ、めでてえな」と笑顔で一本締めを行うスタイルは、当時列島を席巻する流行現象となりました。市井の人々の悲喜こもごもに寄り添う温厚な笑顔と、立ち回りのキレの良さのギャップこそ、梅之助が獲得した絶大な評判の源泉でした。

しばしば検索キーワードや大衆の記憶において「中村梅之助と銭形平次」が結びつけられる背景には、時代劇全盛期における捕物帳ブームへの熱狂があります。フジテレビ系で大川橋蔵が演じた『銭形平次』と並び、梅之助の『伝七捕物帳』は昭和の二大巨頭として庶民の間で親しまれました。十手を持つ国民的ヒーローの代名詞として両者が互角の存在感を放っていたため、現在も平次と伝七の雄姿を重ね合わせるファンが多いのです。

さらに1977年のNHK大河ドラマ『花神』では、近代陸軍の創設者・大村益次郎役で渾身の主演を務めました。偏屈でありながら愛嬌に満ちた益次郎像は視聴者の心を掴み、大河ドラマ史上に残る傑作として今日でも高く評価されています。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

タグ: https://aitraining.bnsf.com/siahopeg/4581528/