江戸城無血開城の真相|勝海舟と西郷隆盛が江戸100万人を救った理由
無血開城の実現には、大奥のトップに君臨していた2人の女性による政治的働きかけも決定的な影響を及ぼしました。13代将軍・家定の正室であった天璋院篤姫と、14代将軍・家茂の正室であった静寛院宮(和宮)です。
薩摩藩島津家出身の篤姫は、新政府軍の主力である薩摩軍を率いる西郷隆盛宛てに直筆の嘆願状を送りました。「徳川の家名を残し、慶喜の命を助けてほしい」という切実な訴えは、かつて仕えた島津家の姫君からの言葉として西郷の胸を強く締め付けました。
一方、皇室出身の和宮は朝廷や東征大総督・有栖川宮熾仁親王に向けて嘆願書を提出し、徳川家の恭順と寛大な処置を求めました。朝廷と幕府を結ぶ立場にあった和宮の行動は、新政府軍内部の過激派を牽制する極めて強力な防波堤となったのです。
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