なぜ尊王攘夷は倒幕へと暴走したのか?水戸学から明治維新への全貌

なぜ尊王攘夷は倒幕へと暴走したのか?水戸学から明治維新への全貌に関するポイントを丁寧にまとめました。詳細な解説をチェックしましょう。

尊王攘夷思想が迎えた明治維新への影響と結末は、皮肉的でありながらも冷徹な政治的リアリズムでした。

1866年、坂本龍馬らの仲介によって薩長同盟が成立すると、これまで対立していた薩摩藩と長州藩は一本の太い線で結ばれました。翌1867年には徳川慶喜が大政奉還を行いますが、討幕派は王政復古の大号令を発して幕府を完全に廃絶。戊辰戦争を経て誕生した明治新政府が最初に打ち出した外交方針は、驚くべきことに国を開いて国際社会に参加する「開国和親」でした。

かつて「夷狄(外国)を打ち払え」と叫んでいた元・尊王攘夷派の指導者(伊藤博文や大久保利通ら)は、政権を握るやいなや攘夷論を即座に破棄しました。彼らは「尊王」の精神を天皇中心の中央集権国家体制づくりの基盤として利用しつつ、「攘夷」の情熱を「国力を高めて列強と肩を並べる(富国強兵・殖産興業)」という近代化への執念へと転換させたのです。尊王攘夷という激越なスローガンは、内戦を乗り越えて日本をアジアで最も早く近代化させるための、巨大な触媒としての役割を果たし終えたと言えます。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

タグ: https://aitraining.bnsf.com/hbljqglk/3174441/