聖徳太子は消えたのか?厩戸皇子への教科書変更と実在説の真相
文部科学省の学習指導要領改訂や教科書検定を契機に、小・中・高校の歴史教科書における表記は大きく様変わりしました。以前は太字で大きく「聖徳太子」と記されていた箇所が、現在では「厩戸皇子(聖徳太子)」、中学校や高校の発展的な記述では「厩戸王(うまやどのおう)」併記が主流となっています。
この変更の引き金となったのは、歴史学界における「生前の歴史的事実と死後の信仰・伝説を明確に区別する」という実証主義の徹底です。戦前・戦後を通じて長く親しまれてきた「聖徳太子」という名は、彼が生きていた時代には一切使われておらず、死後100年以上が経過した奈良時代以降に『日本書紀』編纂や太子信仰の高まりとともに定着した呼び名であることが明確になったためです。
一時期、学習指導要領の改訂草案において「厩戸王(聖徳太子)」へと大幅にシフトする案が公表された際には、国民的な愛着やパブリックコメントでの強い反発の声が巻き起こりました。その結果、急進的な単独変更は見送られ、「歴史人物としての実像(厩戸皇子)」と「歴史上長く語り継がれてきた文化的事象(聖徳太子)」を併記する折衷的な現在のスタイルへと落ち着いています。
タグ:
https://aitraining.bnsf.com/iortphyh/2499080/