田部井淳子の壮絶な登山歴と名言|女性初エベレスト登頂と家族の絆
2012年、田部井にがんの宣告が下されます。死因となった腹膜がんと診断された後も、彼女の「山への情熱」と「他者への温かい眼差し」が消えることはありませんでした。抗がん剤治療を続けながらも、2011年の東日本大震災で被災した福島をはじめとする東北の高校生たちと共に富士山に登る「東北の高校生富士登山」プロジェクトを立ち上げ、自ら先頭に立って歩みを進めました。
病床にあっても「高校生たちと富士山に登る約束があるから」とリハビリに励み、亡くなる数カ月前まで山に入り続けました。2016年10月20日、77歳で惜しまれつつこの世を去りましたが、その不屈の人生は数々のドキュメンタリー番組や追悼企画で特集され、国境を越えて語り継がれています。
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