日本の財閥は解体後どうなった?三菱・三井・住友の現在と影の支配力
1945年の敗戦直後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が真っ先に着手した経済政策が「財閥解体」でした。GHQが財閥を危険視した最大の理由は、「軍国主義の温床となり、日本の侵略戦争を経済面から強力に支えた巨大独占機構である」と判断したためです。
当時、日本の主要産業はごく一部の富豪一族が頂点に立つ持株会社によって牛耳られていました。三井合名や三菱社といった司令塔が、銀行、重工業、鉱山、商社、海運を系列下に収め、市場の自由な競争を阻害していたのです。GHQは日本の再軍備能力を完全に奪うため、持株会社の強制解散、創業家一族が保有する株式の市場放出、さらには経済力集中排除法を通じた過度な巨大企業の分割を矢継ぎ早に断行しました。
しかし、1950年代に入り米ソ冷戦が激化すると、アメリカの対日方針は「日本の非軍事化」から「東アジアの防共の砦としての経済復興」へと急旋回します。結果として分割措置は途中で大幅に緩和され、解体されたはずの企業群は再び水面下で結集する土台を手に入れることになりました。
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