二・二六事件の真相とは?青年将校の暴走と昭和天皇の激怒を徹底解説
二・二六事件としばしば対比されるのが、4年前の1932年に起きた「五・一五事件」です。両者は同じ昭和初期の武力クーデターですが、その規模と歴史的性質には決定的な違いがあります。
五・一五事件は、海軍の青年将校や民間右翼ら十数名が起こした単発のテロリズムでした。犬養毅首相が暗殺されたものの、動員された人員はごく少数であり、部隊の占拠行動などは行われませんでした。また、当時の世論は犯人たちに同情的な空気が強く、助命嘆願運動が巻き起こった結果、首謀者たちに死刑判決は下されませんでした。
対して二・二六事件は、現役の陸軍将校が約1,400人規模の正規軍を実力動員した本格的な武装反乱です。帝都の中心部である永田町や霞が関を4日間にわたって軍事占拠した前代未聞のクーデターであり、国家機能そのものを麻痺させました。この重大性から、軍法会議での処罰も五・一五事件とは比較にならない厳罰が下されることになります。
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