ビタミンA抽出の天才・高橋克己の生涯と功績|早逝の科学者の真実
近代日本の生化学分野に偉大な金字塔を打ち立てた高橋克己のプロフィールを振り返ると、その驚異的な早熟さと学問へのひたむきな情熱が浮かび上がります。
高橋克己は1892年(明治25年)4月19日、新潟県古志郡(現在の新潟県長岡市近郊)の旧家に生まれました。幼少期から聡明で知られ、旧制長岡中学校(現・新潟県立長岡高等学校)を経て第一高等学校へ進学。その後、日本の最高学府である東京帝国大学農科大学農芸化学科(現・東京大学大学院農学生命科学研究科)へと進みます。
大学卒業後、早くからその類いまれな実験手腕を見込まれ、日本のビタミン研究の父として名高い鈴木梅太郎教授が率いる研究室に所属。1917年に創立されたばかりの理化学研究所(理研)の研究員となり、農芸化学研究の最前線に身を投じることになりました。
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