義眼の芸能人・有名人一覧!事故や病気の壮絶な告白と現在の姿
自らの言葉で義眼であることを公表し、同じ境遇にある人々へ勇気を与え続けた国内外の著名人たち。彼らが光を失った背景には、過酷な病気との闘いや突発的なアクシデントが存在します。
ピーコ(ファッション評論家・タレント)
テレビ番組の辛口ファッションチェックでお茶の間の人気を博したピーコは、1989年に左眼の悪性黒色腫(メラノーマ)を発症しました。眼球内に発生した悪性腫瘍の転移を防ぐため、左眼球を摘出して義眼を装用することを選択。トレードマークとなった黄色や鮮やかなフレームのメガネは、左右の瞳の見え方の違いをカバーしつつ、自身の個性へと見事に転換した象徴でした。2026年に惜しまれつつこの世を去るまで、病気の恐怖と闘いながらポジティブに生き抜いた姿は今も多くの人々の記憶に深く刻まれています。
ピーター・フォーク(俳優/『刑事コロンボ』主演)
世界的人気ドラマ『刑事コロンボ』で知られる名優ピーター・フォークは、わずか3歳のときに網膜芽細胞腫を患い、右眼球の摘出手術を受けて義眼となりました。オーディション初期には「同じ出演料を払うなら両目が見える役者を雇う」と冷酷な言葉を浴びせられた経験を持ちながらも、それを乗り越えてスターダムへと登り詰めました。コロンボが見せる独特の流し目や鋭い眼光は、義眼ゆえの視線がもたらした奇跡的な個性として世界中から絶賛されました。
サミー・デイヴィスJr.(歌手・俳優・エンターテイナー)
20世紀のアメリカを代表する伝説のエンターテイナーであるサミー・デイヴィスJr.は、人気絶頂だった1954年に激しい自動車事故に遭遇し、左目を失明して義眼となりました。一時は再起不能とも囁かれましたが、不屈の精神でステージへ復帰。卓越した歌唱力とタップダンスで人種や身体的ハンディキャップの壁を打ち破り、歴史に名を残しました。
団鬼六(作家)
官能小説の大家として知られた作家の団鬼六も、晩年に重度の糖尿病性網膜症などの合併症から右目を失明し、義眼の手術を受けました。視力を失う恐怖や作家としての葛藤を生々しくエッセイに綴り、晩年まで創作への執念を燃やし続けました。