荻生徂徠は何をした人物か?吉宗を動かした思想と赤穂浪士切腹の真相
荻生徂徠が日本思想界のトップランナーとなった最大の武器が、主著『弁道』および『弁名』で展開された徹底的な朱子学批判と「古文辞学」の手法です。
当時、幕府公認の学問だった朱子学は、宋代(12世紀)に成立した新しい解釈学でした。朱子学は「宇宙の理(理気二元論)」と「人間の道徳」を結びつけ、個人の内省によって聖人を目指すことを説きます。しかし徂徠は、このアプローチを「後世の学者が勝手に仏教や道教の観念を取り入れて作り上げた妄想に過ぎない」と一蹴しました。
徂徠の打ち出した「古文辞学」とは、中国の古代王朝(先秦時代)の言語・文法・語彙を精密に復元し、当時の言葉のまま原典を読む実証的文献学です。現代で言えば、「シェイクスピアを読むなら、現代英語の辞書ではなくエリザベス朝時代の英語の語感で読破せよ」という徹底した文献学的アプローチでした。
古代の語彙を厳密に定義し直した『弁名』、そして聖人の「道」とは何かを解き明かした『弁道』において、徂徠は決定的な結論を下します。
「道とは、個人の心の中にあるものではない。古代の聖王が民衆を安んじ、社会を平和に統御するために人為的につくった制度(礼楽刑政)そのものである」
この指摘は、思想史における大転換でした。「道」を自然界の客観法則や個人の内面道徳ではなく、「社会を安定させるための人為的なツール(制度)」であると看破したのです。政治と個人の道徳を明確に分離したこの発想は、西洋のマキアヴェリやトマス・ホッブズの近代政治哲学と奇跡的な暗合を見せています。
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