東京・山谷の現在地|ドヤ街から激変!治安の真相と2026年のリアル
「山谷」という地名は、1966年の住居表示に関する法律の施行に伴い、行政区分としては完全に廃止された。では、人々が山谷と呼ぶエリアは具体的にどこを指すのか。地理的には、台東区「日本堤」「清川」「東浅草」と、荒川区「南千住」にまたがるおよそ1平方キロメートルほどの区域を指す。
最もわかりやすいランドマークは、JR常磐線・東京メトロ日比谷線・つくばエクスプレスが乗り入れる南千住駅だ。駅の南口を出て泪橋交差点方面へと進み、JRのガードをくぐって南下すると、街の空気が少しずつ落ち着いた低層の住宅街へとシフトしていく。
かつて江戸時代には日光街道沿いの宿場街として栄え、木賃宿が立ち並んでいた。戦後、焼け野原となった東京の復興拠点として簡易宿泊所が集積したことで、現在の簡易宿所街の骨格が形成された。行政区分から地名が消された背景には、地域についたスラム街的な偏見を払拭しようとする当時の意図があったが、通称としての山谷は現在も人々の共通言語として生き続けている。
タグ:
https://aitraining.bnsf.com/jftslbni/4233998/