天覧相撲を徹底解剖!なぜ座布団は禁止?歴史と名勝負の真相に迫る
相撲と天皇家との結びつきは極めて古く、その源流は『日本書紀』に記された野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)による垂仁天皇の御前での戦いにまで遡ります。平安時代には宮中行事である「相撲節会(すまひのせちえ)」として定着し、国の安寧と五穀豊穣を祈る神事として重んじられてきました。この長い歩みこそが天覧相撲の歴史の礎となっています。
相撲史を語るうえで見逃せないのが、天覧相撲と上覧相撲の違いです。中世から近世にかけて定着した「上覧相撲」は、織田信長や豊臣秀吉、あるいは江戸幕府の徳川将軍家が催した武家覧相撲を指します。一方の天覧相撲は、祭祀の頂点に立つ天皇が直々にご覧になるものであり、両者には明確な格式の差異が存在しました。
近代の大相撲にとって決定的な契機となったのが、明治20(1887)年4月のことです。明治維新直後の欧化主義により「相撲は野蛮な見世物」として存続の危機にさらされていたなか、初代内閣総理大臣・伊藤博文らの尽力により、井上馨邸において明治天皇をお迎えしての天覧相撲が実現しました。この出来事によって相撲は公的な復権を果たし、やがて「国技」と呼ばれる道へと繋がっていったのです。
タグ:
https://aitraining.bnsf.com/siahopeg/4142276/