中曽根康弘の功績と噂の真相|戦後政治の総決算から合同葬の経緯まで
Q1:中曽根康弘が掲げた「戦後政治の総決算」とは具体的にどういう意味ですか?
A1:第二次世界大戦後のGHQ占領期に形成された行政機構、教育制度、憲法論議、防衛政策などの諸制度を根本から見直し、独立国としての自主的な国家基盤を再構築することを目指した政治理念です。具体的には三公社民営化などの行政改革や、防衛費1%枠の撤廃、教育改革国民会議の設置などに結実しました。
Q2:国鉄を民営化させた最大の決定打は何だったのですか?
A2:直接的な決定打は、累積赤字が約25兆円に達し毎年の赤字補填すら立ち行かなくなった財政破綻状態です。さらに、順法闘争などで国民生活に支障をきたしていた国鉄労働組合(国労)の影響力を削ぎ、経営の効率化とサービス向上を両立させるために、分割民営化(現JRグループへの再編)が断行されました。
Q3:なぜ「風見鶏」というあだ名がつけられたのですか?
A3:自民党内の熾烈な派閥抗争において、自派閥の勢力拡大や政権獲得のために、佐藤栄作、田中角栄、三木武夫、福田赳夫ら有力指導者の間を情勢に合わせて柔軟に立ち回ったことから、風向き次第で向きを変える「風見鶏」と名付けられました。本人は後に「風見鶏は風の向きを知るために必要なものだ」と語り、柔軟なリアリストとしての自負を見せていました。
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