韓国を揺るがした10日間の血涙:『5・18光州事件』の真実と、2026年のいま世界が戦慄する理由
事件の発端は、1979年10月の朴正煕暗殺事件にさかのぼる。維新体制という長年の独裁が崩壊し、人々は「ソウルの春」と呼ばれる民主化の到来を確信していた。しかし、その期待は一瞬にして打ち砕かれる。全斗煥ら新軍部が12・12軍事クーデターで実権を握り、1980年5月17日深夜、全国に戒厳令を拡大したのだ。政治活動の禁止、大学の閉鎖、そして主要な政治家や活動家の拘束。抗議の声を上げた光州の全南大学の学生たちに対し、投入されたのは凄惨な戦闘訓練を受けた空挺部隊だった。
軍の対応は最初から異常だった。単なるデモ射ち払いにとどまらず、通行人や通りがかりの高校生、妊婦にまで警棒や着剣した銃で襲いかかった。無差別な暴行を目撃した市民の怒りは一気に爆発する。タクシー運転手やバス運転手が車両を連ねてデモ隊の先頭に立ち、市井のあらゆる人々が街頭へと繰り出した。5月21日、全南道庁前に集まった群衆に対し、軍が無差別発射を敢行。路上は一瞬にして血の海と化した。
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