大橋鎭子の家系図と家族構成|父の早逝と生涯独身の真相に迫る
大橋鎭子は1920年(大正9年)、東京・浅草で誕生しました。父・武雄の勤務先であった日本製鋼所の都合により、幼少期は北海道・室蘭で豊かな自然に囲まれて伸び伸びと育ちます。実業家気質でハイカラな父と、優しく聡明な母に囲まれた大橋家の実家暮らしは、非常に幸福に満ちたものでした。
ところが、鎭子が10歳(尋常小学校4年生)の時、一家を突然の悲劇が襲います。父・武雄が当時不治の病と恐れられていた肺結核に倒れ、療養先の神奈川県大磯で帰らぬ人となったのです。
臨終の間際、父が長女である鎭子の手を握り締めて遺した言葉が、「鎭子、私が死んだらお前が父親になって、お母さんと妹たちを守るんだよ」という遺言でした。まだ幼い少女の心に深く刻まれたこの言葉こそが、彼女を“小さな父親(とと)”へと変貌させ、その後の波乱万丈な経歴を切り拓く原動力となりました。
父の死後、一家は東京へ戻り、鎭子は府立第六高等女学校(現・三田高校)を経て日本女子大学へと進学します。しかし、肺結核の兆候が見られたため大学を中退。病を克服した後は、家計を助けるために日本興業銀行(現・みずほ銀行)に就職し、一家の稼ぎ頭としてがむしゃらに働き始めました。
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