白地に赤い丸だけではない?「日の丸」の知られざる変遷と幕末・明治の秘史【2026年最新考証】

白地に赤い丸だけではない?「日の丸」の知られざる変遷と幕末・明治の秘史【2026年最新考証】とは一体何なのか? 主要なファクトを整理してお届けします。

近代的な「国家」という概念が確立する以前、日本において旗は主として神事や戦のための道具だった。飛鳥時代や奈良時代の朝賀の儀式では、太陽や月、あるいは神話に登場する八咫烏(やたがらす)をあしらった幟が用いられていたことが『続日本紀』などの古記録にみえる。これらは民を束ねる国旗というよりも、天皇の威光と天意の正統性を示す宗教的・権威的なシンボルであった。

時代が下り、武士が歴史の表舞台に立つと、旗は一変して戦場の識別標識となる。源平合戦において源氏が白旗、平氏が赤旗を掲げて戦ったエピソードは有名だが、この「白と赤」の対比こそが、後の日の丸の色彩の源流になったという説が根強い。戦国時代には、織田信長や武田信玄といった英傑たちが趣向を凝らした陣頭旗や馬印をなびかせた。その中には赤丸をあしらったものも存在したが、それらはあくまで一個の武将や軍勢をあらわすマークに過ぎず、国家全体を統一する旗という発想はまだ存在していなかったのである。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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