関根潤三が遺した名将の美学!ヤクルト黄金期を築いた育成術と愛された理由

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関根潤三氏の指導者としての最大の功績は、間違いなく1990年代に訪れるヤクルト黄金期の主軸打者を育て上げた驚異の育成力にあります。その象徴が、池山隆寛氏と広澤克実(現・広沢克己)氏の抜擢と我慢強い起用でした。

当時の池山氏は三振が多く、粗削りな打撃が課題とされていましたが、関根監督は「小さくまとまるな、思い切りバットを振ってこい」と指示し続け、三振を一切咎めませんでした。フルスイングを推奨された池山氏は「ブンブン丸」の愛称でファンに親しまれ、球界を代表するスラッガーへと急成長を遂げます。また、大砲候補の広澤氏に対しても4番打者として不動の信頼を寄せ続けました。

1990年からヤクルトの指揮を執り、3度の日本一に輝いた名将・野村克也氏は、関根氏の育成手腕を生涯にわたって絶賛していました。野村氏は自著やインタビューの中で次のように語っています。

「ヤクルトが黄金期を迎えられたのは、関根さんが池山や広澤といった素材を我慢して使い続け、一人前に育ててくれていたからだ。私がいきなり監督になって勝てたわけではない。関根さんが耕して種をまいた畑に、私が水をやって収穫しただけなんだ」

ID野球で一時代を築いた野村氏がこれほど謙虚に感謝の言葉を述べるほど、関根氏の選手育成に対する辛抱強さと先見の明は圧倒的でした。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

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