鬼子母神がザクロを持つ理由とは?人肉都市伝説の嘘と仏教由来の真実
鬼子母神の起源は、古代インド神話に登場する夜叉(ヤクシャ)の女性「訶梨帝母(かりていも/サンスクリット名:ハーリティー)」に遡ります。彼女がなぜ神仏として祀られるようになったのか、その劇的な転換点となった仏教説話を見てみましょう。
訶梨帝母は自らも500人(経典によっては千人、1万人とも)もの多くの子孫に恵まれた母親でした。しかし性質は極めて凶暴で、近隣の王舎城(マガダ国の首都ラージャグリハ)に住む人間の子どもを次々とさらっては食い殺し、町の人々を恐怖のどん底に突き落としていました。
耐えかねた人々が釈迦(お釈迦様)に救いを求めたところ、釈迦は彼女の悪行をやめさせるため、訶梨帝母が最も溺愛していた末っ子の「ピンガラ(嬪伽羅)」を神通力で隠してしまいます。
我が子がいなくなったことに気づいた訶梨帝母は狂乱し、半狂乱になって世界中を泣き叫びながら探し回りました。嘆き悲しむ彼女の前に現れた釈迦は、静かにこう諭します。
「数百人いる子どものうち、たった一人見失っただけでもそなたはそれほど身を切られるように苦しいのだ。一人か二人しかいない愛児を奪われた人間の親たちの絶望と悲しみは、いかばかりであろうか」
自らの過ちの深さを悟った彼女は激しく後悔して涙を流し、釈迦の教えに帰依しました。そして「今後はすべての人間の子どもの守護者となり、安産と育児を守り続ける」と誓いを立て、仏法の守護神へと生まれ変わったのです。
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