新千円札の顔・北里柴三郎は何者か?世界を救った偉業と波乱の生涯

新千円札の顔・北里柴三郎は何者か?世界を救った偉業と波乱の生涯の具体的な内容に迫る! 専門的な視点でまとめました。

世界的な名声を得て意気揚々と帰国した北里を待っていたのは、冷徹な現実でした。東京帝国大学(現在の東京大学)医学部出身の官僚たちと対立していた北里は、国家から研究施設やポストを与えられず、日本で研究を継続できない危機に陥ったのです。

この絶体絶命の窮地を救ったのが、『学問のすすめ』で知られる慶應義塾の創設者・福澤諭吉でした。福澤は「世界的な学者を日本の狭い学閥争いで埋もれさせてはならない」と即座に決断。私財を投げ打ち、東京・芝公園に土地と建物を無償で提供して1892年に「私立伝染病研究所」を設立させ、北里を所長に据えたのです。

福澤の迅速で無私の支援により、北里は日本国内でも思う存分に細菌学の研究と防疫活動を展開できるようになりました。北里はこの大恩を生涯忘れませんでした。のちに福澤が世を去った際、北里は深い哀悼を捧げ、1917年に慶應義塾が医学部を新設する際には、恩義に報いるため初代医学部長および慶應義塾大学病院の初代病院長を完全無給で引き受け、自ら優秀な教授陣を集めて基礎を築き上げました。学問を通じた二人の巨人の固い絆は、日本の教育・医学史における最も美しい美談の一つです。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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