日本を襲ったペストの真相|明治の激闘と国内最後の発生、現在のリスクを検証
14世紀のヨーロッパ全土を襲い、人口の約3分の1を死に至らしめたペスト(黒死病)。この中世の第2次世界的大流行において、黒死病の日本への直接的な影響はほぼ皆無でした。当時の日本は海に囲まれた地理的条件に加え、国際的な往来が限られていたため、病原体が列島に持ち込まれる事態を免れたのです。
しかし、ペストの脅威から永遠に隔離されていたわけではありません。幕末から明治維新を経て国境を開いた日本は、19世紀末に中国・雲南省から始まった第3次世界的大流行の余波をまともに受けることになります。
日本国内で初めてペスト患者が確認されたのは、明治32年(1899年)11月のことでした。台湾や香港からの輸入綿花に潜んでいたネズミやノミが、神戸港および広島港経由で病原体を持ち込んだとされています。これを機に、大阪、東京、横浜など主要都市へ感染が拡大し、大正時代にかけて国内で2,900人以上の死者を出す未曾有の公衆衛生危機へと発展しました。
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