聖徳太子は消えたのか?厩戸皇子への教科書変更と実在説の真相
「厩戸皇子」と「聖徳太子」は、同じ人物を指しながらも、その言葉が担う意味合いが劇的に異なります。ここを整理することが、歴史の混乱を解きほぐす第一歩です。
まず、生前の本名(実名)とされる厩戸皇子の名前の由来についてです。有名な逸話では「母親が馬小屋(厩)の前を通った際に突然産気付いて出産した」と伝えられてきましたが、これは初期キリスト教のイエス生誕説話を意識して後世に付加された神話的潤色であるとの見方が有力視されています。今日の実証研究においては、母である穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとひめみこ)の里邸や出仕地が「厩戸(うまやど)」と呼ばれる地域にあったという地名由来説が定説です。
一方の「聖徳太子」は、「聖(ひじり)のような優れた徳を持つ太子」という極めて強い賛美を込めた尊称・諡(おくりな)に過ぎません。奈良時代中期の漢詩集『懐風藻』(751年)や『日本書紀』(720年)において尊崇の対象として記されたことで広く普及しました。
つまり、「実在した飛鳥時代の生身の政治家」=厩戸皇子であり、「死後に理想の国家指導者・仏教の聖人として神格化された偶像」=聖徳太子という本質的な違いが存在します。
タグ:
https://aitraining.bnsf.com/iortphyh/2499080/