二・二六事件はなぜ起きた?青年将校の決起と昭和天皇の激怒の全真相

二・二六事件はなぜ起きた?青年将校の決起と昭和天皇の激怒の全真相について知っておくべき ポイントを厳選して解説いたします。

二・二六事件の4年前に起きた「五・一五事件(1932年)」との決定的な相違点は、蜂起後の処分と国家体制に与えた影響の大きさにあります。

五・一五事件は海軍の青年将校と陸軍士官候補生が犬養毅首相を暗殺した事件でしたが、民衆による大規模な減刑嘆願運動が起き、首謀者たちには死刑が1人も適用されず比較的寛大な処分で終わりました。これが軍部に「国民はテロリストを支持している」「暗殺による政治介入は許される」という極めて危険な成功体験を与えてしまったのです。

対して二・二六事件は現役の陸軍大尉・中慰らが大規模な正規部隊を私的に動員し、帝都中枢を占拠した本格的叛乱でした。国民の畏怖は激しく、軍首脳部は見せしめとして迅速かつ冷徹な銃殺刑で反乱を根切りにしました。

しかし、この二・二六事件のその後の影響こそが、昭和史最大の後戻りできない罠となりました。

過激な破壊工作を行う皇道派が一掃されたことで、陸軍の実権は東條英機をはじめとする統制派の手に完全に握られました。統制派は「このような危険な軍部の暴発を防ぐため」という名目を盾に、政治家や財界に対して発言力を飛躍的に拡大させます。その結果、軍部が内閣を自由に倒閣できるようになる「軍部大臣現役武官制」を復活させ、政党政治は完全に息の根を止められました。

青年将校たちが目指した「腐敗のない国家」という理想の反乱は皮肉にも、軍部が国家の全権力を掌握し、翌1937年の日中戦争の泥沼化、そして太平洋戦争(第二次世界大戦)の破滅的な惨禍へと突き進む最悪のレールを敷く結果となったのです。

加藤 愛美

加藤 愛美

エンタメ専門ジャーナリスト

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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