百人一首が描く恋の乱れ模様「しのぶずり」の謎と現代に息づく伝統美
平安の世に歌枕として定着した信夫摺りの故郷は、江戸時代に入っても多くの文人墨客を惹きつけました。その代表格が、元禄2年(1689年)に『おくのほそ道』の旅に出た松尾芭蕉です。
芭蕉は福島を訪れた際、古典に名高い名所を一目見ようと、福島市山口にある「信夫文知摺観音(普門院)」へ足を延ばしました。当時すでに実際の染色技法は途絶えつつありましたが、境内にある巨石「文知摺石」を前にした芭蕉は、かつて王朝人を魅了した幻の模様に思いを馳せ、次の一句を残しています。
「早苗とる 手もとや昔 しのぶ摺」
初夏の田植えに励む早乙女たちのリズミカルな手の動きと、かつて草木を手で擦り付けて布を染めていた古代の手仕事を重ね合わせた名句です。現在もこの地は国の名勝に指定されており、芭蕉の足跡とともに信夫摺りの原風景を今に伝えています。
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