伊藤博文暗殺の真相|ハルビン駅の銃声と安重根の動機・黒幕説を追う
伊藤博文の暗殺は、歴史の皮針とも呼ぶべき逆転の結果を生み出しました。暗殺の最大の目的であった「朝鮮の独立維持」とは正反対に、この事件こそが翌1910年の韓国併合を一気に決定づける契機となったのです。
当時、日本政府内では山県有朋や桂太郎ら陸軍派閥を中心とする「早期併合派」と、初代韓国統監を務めた伊藤博文を中心とする「漸進・慎重派」の間で路線対立が続いていました。伊藤は朝鮮半島の急激な完全併合は国際社会の反発を招き、統治コストも膨大になるとして、保護国体制のまま実質的な指導権を握る形を好んでいました。
だが、絶対的な権威と発言力を持っていた伊藤が暗殺されたことで、日本国内では対韓強硬論が一気に爆発します。新聞各紙は国民感情を煽り、政界でも慎重論を唱える政治家は姿を消しました。伊藤の死からわずか10ヶ月後の1910年8月、日韓併合条約が調印され、大韓帝国は完全に日本の領土へと組み込まれることになります。結果として、安重根の放った銃弾は、彼が最も恐れていた「国の消滅」を劇的に早める結果を招いてしまいました。
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