尾崎豊の死因の真相と遺書の謎|名曲誕生秘話から息子の現在まで
急激に膨れ上がる「若者の教祖」という偶像(アイドル)は、繊細な青年の精神を激しく摩耗させていきました。自らが作り出したイメージと本来の自分とのギャップに苦しんだ尾崎は、1986年に無期限活動休止を宣言し、単身ニューヨークへと渡ります。しかし異国の地でも精神的な安らぎを得ることはできず、半年あまりで帰国を余儀なくされました。
1987年12月には覚醒剤取締法違反で逮捕され、東京拘置所に勾留されるという最大の挫折を味わいます。釈放後、1988年5月に一般女性の繁美さんと結婚し、翌年には長男・裕哉が誕生。家庭を得たことで精神的な安定を取り戻しつつあった尾崎でしたが、創作へのプレッシャーと世間の過剰な期待は重くのしかかり続けました。
1991年、雑誌『月刊カドカワ』での対談をきっかけに、女優の斉藤由貴との関係が週刊誌にスクープされます。当時、尾崎には妻と幼い息子がおり、トップアイドル出身の女優との不倫劇はワイドショーを席巻しました。対談の中で尾崎は「彼女と出会って、同じ匂いを感じた」と語り、表現者同士としての強い共鳴を告白しています。しかしこの道ならぬ恋も長くは続かず、尾崎は自らの罪悪感と孤独の深淵へとさらに沈んでいくことになります。
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