隻眼の意味とは?独眼との違いや伊達政宗の逸話・運転免許の基準を解説
日本史および世界史を振り返ると、数々の隻眼の歴史上の人物が時代を動かしてきました。日本で最も名高い隻眼の武将といえば、間違いなく「独眼竜」こと伊達政宗です。
伊達政宗が隻眼となった理由は、幼少期に罹患した疱瘡(天然痘)です。高熱の合併症によって右目を失明し、眼球が突出して醜く変形してしまいました。内向的になりかけた政宗を見かねた側近・片倉小十郎が、政宗の命を受けて短刀で眼球をえぐり取った(あるいは摘出手術を施した)という逸話は後世の創作講談も含めて広く知られています。母・義姫からの疎外感に苦しみながらも、自らの肉体的ハンディを克己心へと転換し、奥州の覇者へと登りつめたドラマ性が人々の胸を打ちます。
政宗以外にも、歴史には名だたる隻眼の英雄が名を連ねています。
- 山本勘助:武田信玄を支えた伝説の軍師。隻眼で足が不自由でありながら、稀代の智謀で知られた。
- 柳生十兵衛(三厳):江戸初期の柳生新陰流の達人。刀の鍔(つば)を眼帯にした肖像が有名だが、隻眼であったか否かは史料によって諸説分かれる。
- 夏侯惇(かこうとん):三国志に登場する魏の猛将。戦乱で左目を矢で射抜かれた際、「親からもらった大切な目を捨てられようか」と叫び、矢ごと目を引き抜いて呑み込んだという苛烈な伝説が残る。
- ハンニバル・バルカ:カルタゴの天才戦術家。アルプス越えの過酷な行軍中に眼病を患い、片目を失いながらもローマ軍を幾度も壊滅させた。
隻眼の将がこれほどまでに英雄視される理由は、戦乱という極限状態において「致命傷を負いながらも生き延びた歴戦の証」であり、片目の視界の狭さをものともしない強靭な精神力の象徴として受け止められたからです。
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