常識を破った一人のエンジニア:田中耕一氏のノーベル賞から20余年、いま医療革命の最前線で起きていること
科学史における偉大な発見の多くがそうであるように、田中氏の業績もまた、予期せぬ「失敗」から始まった。1980年代半ば、島津製作所の若手エンジニアだった田中氏は、レーザーを用いてタンパク質などの高分子化合物をイオン化し、その分子量を精密に測定する試みに取り組んでいた。当時、レーザーの強烈なエネルギーは試薬の分子構造そのものを破壊してしまい、高分子のまま気化・イオン化させることは不可能というのが学界の定説であった。
転機は唐突に訪れる。試薬の調合中、誤って粘性の高いグリセリンをコバルトの超微粉末に混入させてしまったのだ。高価な試薬を無駄にしたくないという一心から、田中氏は捨てずにそのまま測定器へとセットした。するとどうだろう。レーザー光線を受けたタンパク質は破壊されることなく、ふわりと空中に舞い上がり、イオン化に成功したのだ。この一見すると泥臭い現場の執着と柔軟な発想こそが、後にノーベル化学賞をもたらす「ソフトレーザー脱離イオン化法(MALDI)」の誕生の瞬間であった。
タグ:
https://aitraining.bnsf.com/arphxjio/9369116/