関根潤三が遺した名将の美学!ヤクルト黄金期を築いた育成術と愛された理由
現役引退後は広島東洋カープの打撃コーチや読売ジャイアンツのヘッドコーチを務め、指導者としての眼力を磨いていきます。1982年には横浜大洋ホエールズの監督に就任。長年Bクラスに低迷していたチームの意識改革に乗り出しました。
大洋監督時代の関根氏は、屋敷要氏や高木豊氏といった若手の俊足選手を積極的に抜擢し、後の代名詞となる「スーパーカートリオ」の土台を整えます。目先の1勝に固執してベテランを重用するのではなく、チームの将来を見据えて若手に実戦経験を積ませる方針は、当時の球界では異例とも言える先見性でした。
そして1987年、ヤクルトスワローズの監督に就任。当時のお荷物球団と揶揄されていたチームを預かった関根氏は、持ち前の「選手を型にはめない指導法」を本格化させていきます。厳しい上下関係や過度な精神論が蔓延していた時代において、関根氏は選手一人ひとりの個性を徹底的に尊重するマネジメントを展開しました。
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