天才・升田幸三の伝説と真実!宿敵大山との激闘から新手一生の美学まで
升田幸三の経歴は、映画の筋書きをも凌駕する波乱と激動の連続でした。1918年(大正7年)、広島県双三郡吉舎町(現在の三次市)に生まれた升田は、13歳のときに母の物差しを削って将棋の駒を作り、物差しの裏に「日本一の名人になる」と書き置きを残して単身大阪へ家出しました。この強烈な覚悟を胸に、名門・木見金治郎九段の門を叩き、内弟子としての過酷な修業生活をスタートさせます。
頭角を現した升田は瞬く間に棋界の頂点へと駆け上がりますが、太平洋戦争の暗雲がその歩みを遮ります。召集令状を受けた升田はフィリピン・セブ島の激戦地へ送られ、死線をさまよう飢餓と銃弾の雨を生き延びました。復員後、体調の悪化に苦しみながらも盤上へ復帰すると、鬼神のごとき集中力で勝利を重ね、1957年には実力制第四代名人の座に就位。苛烈な人生経験が、彼の指し手に凄みと深みを与えていたことは間違いありません。
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