東大寺大仏に目を描いたインド僧・菩提遷那の数奇な生涯と来日の真相

東大寺大仏に目を描いたインド僧・菩提遷那の数奇な生涯と来日の真相に関する深掘り解説を詳しく解説いたします。

当時の日本は、度重なる疫病の流行や政治的混乱を鎮めるため、聖武天皇が仏教による国家鎮護を掲げていた激動の時代でした。日本仏教の質的向上と正しい戒律の導入を切望していた朝廷は、第9次遣唐使の副使・中臣名代や、留学僧の普照(ふしょう)・栄叡(ようえい)らに優秀な僧侶の招聘を命じていました。

長安でボーディセーナの名声を聞きつけた遣唐使一行は、日本への渡航を熱心に懇請します。当時の航海はまさに命がけであり、東シナ海を渡る船の沈没率は極めて高い危険な冒険でした。それでもボーディセーナが渡航を決意した背景には、日本で民衆救済に尽力していた高僧・行基こそが文殊菩薩の化身であるという噂が唐の都にまで届いていたからに他なりません。

天平8年(736年)、ボーディセーナは唐の禅僧・道璿(どうせん)や、ベトナム(チャンパ王国)出身の僧・仏徹(ぶってつ)らを伴い、遣唐使船で九州の大宰府に無事上陸しました。インド人が日本の公式記録に登場する最初期の瞬間です。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

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